ご当地グルメ(中)~一日にして成らず~

観光

日本各地で、食の名物「ご当地グルメ」の開発が盛んに進められている。しかしそれを内外に浸透させる作業は容易ではなく、どの地域も苦戦している。ご当地グルメを観光の目玉とするためには地域の人たちの理解協力が不可欠。ご当地グルメの多くは昔からその土地で食べられてきたもの。それは地元の人には特段珍しくもない平凡なもの。それが観光客にウケるものかどうかわからず地元の人のスイッチがなかなか入らないという現象が起こる。今や全国的に有名になった八戸のせんべい汁も売り出し当初は市民の反応が鈍く難儀したという。

せっかくご当地グルメをPRしてそれを目的に観光客が訪れるようになっても、来てみたらそれを食べる場所がなくて興醒めしたというケースも多い。ご当地グルメ提供店の整備もこれまた仕掛ける側の諦めない熱意と時間が必要な大変な作業なのである。

近年、弘前のアップルパイが全国から注目を集めている。特に今年に入ってからテレビの全国放送や雑誌等で大きく特集され、SNSでコロナが落ち着いたら弘前でアップルパイを食べたいという投稿を多く見かけるようになった。テレビの人気番組が長い尺で取り上げてくれたので、地元の人の目にも多く触れ、アップルパイを扱うスイーツ店に連日地元客が押し寄せている。

〈観光客の旅の目的の一つになる〉

〈地元の人からも愛されている〉

観光コンテンツはこれが理想だ。正にアップルパイは今ようやくこのゾーンに入ってきたのだと感じる。コロナ収束後にこの街を救うグルメコンテンツになってくれることを願ってやまない。

先日観光関係者の研修会でお話をさせていただく機会があり、その時にあらためて弘前におけるアップルパイの歴史を調べてみたら、アップルパイが今日のように話題になるまで実に20年の歳月を要していたことがわかった。2001(平成13)年に当時の弘前商工会議所の新戸部満男会頭(故人)が提唱し、「津軽の食と産業まつり」で市内洋菓子店8店舗がエントリーし第1回アップルパイコンテストが開催された。同コンテストはその後も開催され全3回ほど実施している。これが始まりの第一歩。記憶を辿れば当時の新戸部氏は「りんごの産地なんだからアップルパイで町おこしを!」と常々語っていたことを思い出す。その時は「なるほど」と思ったものの、「はたして観光客にウケるかな…?」と自分もまだピンときていなかった。それはそれまでの全国のご当地グルメの代表格と言えば博多のとんこつラーメンや長崎のちゃんぽん等の麺系や大阪、広島のお好み焼き等の粉物が多く、スイーツがご当地グルメになるというイメージが浮かばなかったからだ。しかし平成時代はスイーツに注目が集まり出した時代だった。スイーツという言葉が一般的になったのも平成からである。女性向け雑誌でスイーツが特集されることも多くなり、毎年様々なスイーツが紹介されブームとなった。アップルパイは目新しいスイーツではなく、クラシカルな洋菓子の部類であるが、アップルパイに注目が集まるのも時間の問題だった。それを読んでいた?新戸部氏の先見性には驚かされる。新戸部氏の読み通り、2009(平成21)年頃になると弘前市観光案内所に観光客からアップルパイに関する問い合わせが増えはじめた。観光案内所スタッフがそのニーズに応えようと調べてみたら、市内のほとんどの菓子店でアップルパイが作られていることに気づいた。時に東北新幹線全線開業の直前。もしかしたら開業時の目玉になるかも!と商工会議所と観光コンベンション協会が連携して、アップルパイ大調査を慣行。市内の菓子店にある全てのアップルパイを集め、味、ビジュアルを調査した。テーブルにズラッと並んだアップルパイ約50個は実に壮観であった。先にも書いたがご当地グルメを成功させるには提供店の整備が不可欠。アップルパイはこの時点で既に多くの菓子店の店頭にそれぞれオリジナルのものが並んでおり、セットアップが完了していた。これは大きなアドバンテージだった。

「こんなにいろんなアップルパイがあると食べ歩きが楽しいかも」「この50個を1枚のパンフレットに掲載するだけでもインパクトがある」とアップルパイガイドマップの作成につながった。同マップは人気が高く現在で14版目とロングセールスを記録するほどに。以後観光関係者はことあるごとに首都圏の雑誌社や旅行代理店にそのパンフレットを持参しプロモーションを展開、今ではメジャーな旅行雑誌の多くに弘前のアップルパイが掲載されるようになった。民間においても巨大アップルパイギネスに挑戦する会が誕生。直径3メートルの巨大なアップルパイをつくり、県内はもちろん県外のイベントにも参加し、りんご色のまち弘前のアップルパイのイメージ定着に努め、人気の高いアトラクションとなった。

今ふりかえるとこれらは新戸部氏の種まきの成果であり、それに応えた研究熱心な菓子職人の心意気と技術力の成果であり、生産量日本一を誇る生産者の「美味しいりんごをつくりたいと」と願う日々の成果があってこそ。多くの人が携わり時間をかけて育ててきたバトンリレーの成果なのでる。

先日のアップルパイの歴史に触れた私の講演を聴いた知人から「弘前のアップルパイの取り組みはトレンドにうまくはまるタイミングは重要だけど、ちょうどはまるためには、それまでの継続した取り組みが不可欠だというケーススタディですね」と感想をいただいた。

ご当地グルメも一日にして成らずなのだ。

(つづく)

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